今日のコラムは連載企画、『カイトの物語』第11話です。重心児のパパさんである、小菊さんという方からいただいた文章を掲載しています。
あるとき、『息子からこんな目線で世界が見えていたとしたら』・・・と目線を変えてみたことをきっかけに、息子さんが何を感じて何を思って、何を伝えたいかがわかるようになってきたという小菊さん。
その思い、息子さんから感じ取った思いを発信していきたいとのことで、絵本屋だっこのコラムで<連載企画>として発信をしていってもらうことにしました。
初回の記事にて、小菊さんから発信への想いを伝えていただいています。まだ見ていない方は、以下のリンクからぜひお読みください。

【連載<カイトの物語>】story11~希望とクズ~
勇気くんの話を聞いたあの日から、
「ことばが通じるかもしれない」
という小さな光が
僕たちの心の奥で灯り続けていた。
でもそれは、きれいな希望というより、
「もう一歩、踏み出してみようか」という、
ほんの少しの気づきと願いだった。
だからこそ、母さんは介護の社会に出る決意をした。
障害や介護の世界を知れば、何かが変わるかもしれないって。
……でも、朝が来て、いつも通りの僕に戻ると、
夢みたいなその光は、すぐにかき消えてしまった。
母さんは、笑ってるけど、目の下にはクマができてる。
父ちゃんは仕事や介護で肩を痛めて、僕を抱っこできない。
僕の奇跡を信じてくれる大人は、どこにもいなかった。
だから父ちゃんたちは、すごく、悩んだ。
希望を見つけるたび、現実の壁にぶつかって、
心も体もボロボロになっていった。
でも、それでも何とかして前に進もうとしてた。
そんな中で、母さんは決めたんだ。
【就労支援施設】で働くこと。
そしてもうひとつ、【僕の兄弟を作る】こと。
勇気くんの話を聞いたあの日から、
「ことばが通じるかもしれない」という小さな光が
僕たちの心の奥で灯り続けていた。
その光をたよりに、「もう少し、頑張れるかもしれない」って、
少しだけ、夫婦の空気が変わった。
母さんは介護の社会に出る決意をした。
障害や介護の世界を知れば、何かが変わるかもしれないって。
――僕は知ってる。
母さんは、誰よりも勇気があって、優しい人なんだ。
だから僕は、いつも母さんを心配してるし、ずっと応援してる。
≪親の心境≫
この決断は、「障害を受け入れた」とか「前を向いた」なんてキレイごとじゃなくて、
“気づきと願い”に背中を押された、小さな第一歩だった。
自分の力だけじゃ進めないとき、何かに押されてようやく一歩動ける――
そんなふうに、僕らはいつも手探りで歩いてた。
すべてが、『やってみよう』で始まったんだ。
ゴンッ!
ガラガラッ!
ガッシャーン!!
「おっとっと……」
まだ朝の5時台。外は真っ暗。
階段の手すりにぶつけた??
掃除機のホースを蹴った??
それとも何かを落とした??
かあさんのドタバタは、もう何日もつづいてる。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
母さんは無理やり起きた体がまだ目覚めきってないのか、呼吸が浅かった。
それでも、僕のベッドに駆け寄って、毛布をめくって、笑顔を作った。
「カイト、おはようっ!! 父ちゃんいないと、かあさん大変なんだからね〜!」
って、にっこり言うけど、眉毛はたぶん逆ハの字。
目はうっすら赤くて、髪の毛は寝ぐせでハネてて、
でも、そんなかあさんが僕は大好き。
「行くよ〜、せーのっ!」
ヨイショ、ヨイショ、ヨイッショッ!!
僕の体を抱っこして、階段を一段ずつゆっくり降りていく。
足を踏み外さないように、両手はフルパワー、足腰はプルプル。
しかも階段の途中で、僕のヨダレがかあさんの首筋にペトリ……。
「うわっ! もう〜、カイトぉ〜、キスは口にしてくれってばぁ〜!」
なんて冗談を言って笑ってるけど、
ぜんぶ冗談じゃないの、僕は知ってる。
やっと1階についたら、かあさんは「ヨシッ!!!」って声出して、自分に気合い。
そして僕のほっぺにちゅっとしてくれた。
冷えたリビングの空気。
エアコンのスイッチを入れても、すぐには温まらない。
電子レンジが「ピッピッ」と鳴ってるけど、朝ごはんはたぶん後回し。
オムツ交換
僕の着替え
それからやっと
朝ごはんの介助
保育園の準備、かあさんのお弁当、仕事の支度。
やることだらけ。
「……ねぇカイト、かあさん今、何してたっけ?」
着替えさせてる途中で、ふと固まる母さん。
頭の中で何かがショートしたみたい。
何秒かフリーズして、ようやく、
「あっ! 靴下履かせようとしてたんだっけ!」
「あらっ!! 右と左で違う靴下じゃんか!!」
って、笑ってるけど、ほっぺに涙の跡が見える。
涙じゃないって言っても、鼻声だからバレてるよ、かあさん。
そんなこんなで、1日がはじまる。
父ちゃんがいないって、こんなにも大変なんだ。
前はいつも、「ヨシ、俺がやるわ!」って肩を貸してくれてたのに。
その父ちゃんは、いま病院のベッド。
「結石ってやつらしいぞ〜」って冗談言ってたけど、
本当はずっと痛かったんだ。無理してたんだ。
家の中は静かだけど、僕の発作は静かじゃない。
深夜1時、2時、4時……何度も、けいれんが来る。
かあさんはそのたびに、目をこすりながら駆け寄ってくる。
「大丈夫、大丈夫、かあさんここにいるよ」
って僕の体を支えてくれるけど、
その手は冷たくて、指が震えてる。
次第にかあさんの言葉が減ってくる。
冗談も減ってくる。
あの、笑ってるのに泣きそうな顔が増えてくる。
でも僕は知ってる。
どんなにしんどくても、かあさんは絶対に逃げなかった。
僕を置いて、逃げなかった。
それだけで、僕にとっては、じゅうぶんすぎる奇跡なんだ。
その日、かあさんは少しだけ口数が増えてた。
でも、それはきっと嬉しいからじゃない。
そわそわしてた。
ソワソワ、ソワソワ。
お味噌汁の味が3回くらい変わった。僕は気づいてた。
なぜって――
今日は、父ちゃんが退院してくる日だったんだ。
「カイト、父ちゃん帰ってくるよ! ほら、ちゃんと服着ようなー! ほら〜!ほら〜!ってば〜! なんでここで寝返りうつのよ〜!」
なんてバタバタ言いながらも、母さんの声には少しだけ光があった。
僕のヨダレも、今日はちゃんとタオルで受け止めてくれた。
(いつもはシャツで雑にぬぐうのに。ふふん。)
お昼すぎ――
ガチャッ
「……ただいまー」
その声は小さくて、ちょっと頼りなくて、 でも、僕にとっては、何よりも懐かしい音だった。
玄関で靴を脱ぐ父ちゃん。 足取りがちょっとだけヘンなのは、まだ本調子じゃないのかもしれない。 かあさんがバタバタ駆け寄って、荷物も持たせずにリビングへ。
そして、僕の前に、父ちゃんがしゃがんだ。
「おーい、カイトー、ひさしぶりー! 生きてたかー! 父ちゃんも生きてたぞー!」
僕はじーっと父ちゃんを見つめてたけど、言葉は出なかった。 でも心のなかでは、こう叫んでた。
「おかえり!!」
「……って、おい、なにその顔。感動の再会って感じじゃないぞ〜!?」
なんて言いながら父ちゃんは笑ってたけど、 笑いながらも、目の端にうっすら光るものがあった。
僕には見えた。
僕だけには、ちゃんと見えてた。
その夜は、ひさしぶりに3人で囲んだ夕飯。 味噌汁と、唐揚げと、昨日の残りのポテサラ。 母さんは僕のご飯だけは精一杯頑張るんだ。 最低5品以上は作るんだよ。
うまいんだ、これが。
「これと、これを一緒に食べるとうまいんだぞカイト」
「やめて!一つ一つ行儀よくたべさせて」
「うるせーなー」「なあカイト上手いだろ??」
「ほら!カイトの顔見なさいよ、しかめっつらしとるでしょ」
「なんじゃ??カイト」「そんなはずないけどな。も一回たべてみ?」
「もう!やめなよ」
って、くだらないやりとりして、かあさんが爆笑して、 父ちゃんがゲラゲラ笑って、僕も笑って。
これが、僕の家族。 これが、奇跡のかたち。
でもね、奇跡は続かない。
翌朝、父ちゃんが僕を抱っこしようとしたとき、 「うぐっ……!」って顔をゆがめた。
肩だ。
父ちゃんは、介護と仕事で肩を壊してた。 もっとパワーをつけなきゃって頑張ってたベンチプレスでも痛めてたんだ。 ほんとは、もうずっと前から痛かったらしい。 でも、僕を抱っこするために、言わなかった。
「ごめんな、カイト……今ちょっと、抱っこできんわ……」
その声が、父ちゃんの心の痛みを物語ってた。
夜,母さんは寝落ちしてた。
お皿洗いの途中で、食器も洗いかけで僕の横に来てそのまま、、、。
父ちゃんは肩に湿布を貼りながら、 「こりゃ、家族で潰れるぞ」って、小さくつぶやいた。
僕はその静けさの中でふと思った。
「……ほんとは、みんな、もうギリギリだったのかもしれない」
でも、あのときのぼくたちは、
まだ、 本当の“限界” を知らなかった。

***真実 父親の気持ち***
……退院の許可は、とっくに出てたんだ。
「もう大丈夫ですよ。あと1日点滴したら帰れますよ」
「髄液に漏れた麻酔薬の副作用で頭痛とめまいがあるようですが、お家でようすみることも可能ですよ」
「もう帰りたいでしょ?」
医者が笑ってそう言った日の翌朝、
俺はなぜか、
「もう一泊、いいですか」
「頭痛とめまいがなくなるまで、ここに居ます」
……そう言ってた。
その理由なんて、いくらでも作れた。
「まだ腰が痛くて」「麻酔が残ってるみたいで」
そんな言い訳を並べて、病院のベッドに潜り込んだ。
でも、本当の理由は――
家に帰るのが、怖かった。
嫁が一人で介護してる現実を、見たくなかった。
俺がいない家の中で、必死に笑ってる嫁の顔が、
想像するだけで胸に刺さった。
そんな現実を、直視したくなかった。
あの【密度の中】に戻るのが、怖かったんだ。
……俺は逃げた。
クズだった。
いや、少なくとも、そのときの私にはそうとしか思えなかった。
希望を持ったはずだった。 勇気くんの話を聞いて、未来に光が射した気がした。 就労支援施設で働き出した嫁を見て、私たちも少し変われると思った。
奇跡が、きっと私たちにもあるって信じた。
も、それでも限界はやってきた。
むしろ、希望があったからこそ、
そのあとに見える現実の壁が、いっそう分厚く見えた。
光が差したぶん、
その光がまだ遠いとわかったときの絶望が、
骨の奥まで冷たく届く。
希望と限界は、まるで波のように交互にやってきて、
そのたびに心をさらって、
残ったのは、辻褄の合わない感情ばかりだった。
「やれると思ったのに」「やろうとしてたのに」
そんな思いが、ひとつずつ現実に打ち消されていく。
あの日、私は自分にこう言ったんだ。
「今日はまだ、帰らんでもええか」って。
家族のために、じゃない。
嫁のためでも、カイトのためでもない。
ただの、自分のため。
ただ、逃げたかっただけだ。
その夜、家では――
限界を越えていた嫁が、声を出すこともできずに、静かに、壊れていこうとしていた。
つづく
この記事を書いた人

小菊
昭和44年生まれ54歳。妻は昭和63年生まれの35歳。重心児の息子は平成27年生まれの8歳(小3)。息子は妻の連れ子で、息子が生後半年の頃に再婚し親子になる。息子の傷病名は、ウエスト症候群、重度発達障害、自閉症。3年前より、息子は入居施設で暮らす。コラムでは、「息子はきっと、こんなことを考えているんじゃないか」と感じてきた内容を、息子の視点からのストーリーとして掲載。
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