今日のコラムは連載企画、『カイトの物語』第11話です。重心児のパパさんである、小菊さんという方からいただいた文章を掲載しています。
あるとき、『息子からこんな目線で世界が見えていたとしたら』・・・と目線を変えてみたことをきっかけに、息子さんが何を感じて何を思って、何を伝えたいかがわかるようになってきたという小菊さん。
その思い、息子さんから感じ取った思いを発信していきたいとのことで、絵本屋だっこのコラムで<連載企画>として発信をしていってもらうことにしました。
初回の記事にて、小菊さんから発信への想いを伝えていただいています。まだ見ていない方は、以下のリンクからぜひお読みください。

【連載<カイトの物語>】story12~静かな機関車~

父ちゃんさっきから またため息ばっかりついてる
窓から 電信柱を眺めながら ずっと……
父ちゃんが退院してきてから家の中は
3人のくうき が僕にとっては
とっても気持ちがいいし 好き
ドスドスドス ドスドスドス
ゴリラみたいに廊下と階段を通り過ぎた父ちゃんは
料理してた 母さんに大きな声で
こう言った
「看護師」
「いやちがうな」
「え〜〜っと」
「准看護師になるのって難しいのか〜?」
母さんびっくりして
「あ〜〜びっくりする」
「突然大きい声で」
フライパンをゆらす手を止めて
ながーい フライパン返しで
父さんを指差すように
ピシッと して!!
アッハ
父ちゃん また怒られてら〜〜
フライパン返しから 逃げるように
クルッと向きを変えた 父さんは
ドンドンドン と足音を立てながら
僕のところに来て ぼくを抱きかかえた
ぼくは わかってるんだ
父ちゃんは 自分が入院したことで 自分に何かあったら
ぼくと母さんがどうなるのかって それを考えたら
とても不安だったんだ
だけど 男だから 家族を不安に思わせたくない
不安を口にしたくない
だから ぶっきらぼうに 突然何か
言い始めたんだ
そんな時は 父ちゃん 必ずぼくを抱きにくるんだ
抱っこされて くっついてると
何もかも ぼくには伝わるんだ
胸の鼓動
息遣い
それだけでぼくは なんでもわかるんだ
そのあと
父ちゃんとかあさんは 長いお話をしたけど
ぼくは 聞こえないフリをした
何でって?
ぼくには このあと なにがどうなっていくのか
ちゃ〜んとわかってたからさ
ぼくが 神様と取引をして
体から自由をなくす代わりに
神様からもらった 感じる力でわかるのさ
大人には絶対に わからないけど
ちゃんと ぼくにはわかるんだ
そして
ぼくがいろんなこと知ってるって
大人は絶対に気づかない
ぼくの姿を見て
そんなことに いったい誰が 気づくってんだい?
父ちゃんと母さんは
としが19歳違う
だから、自分にもし何かあったとき
母さんと僕がちゃんと暮らしていけるようにするにはどうしたらいいか
それをずっと考えてたんだ
僕の体のこともあるし
それに携われる仕事があれば、自分がやってみたい
そう考えてたんだ
もっともっと
僕に寄り添う方法はないかって
そればかり考えてたんだ
だけど、父ちゃんは
それを母さんに勧めたんだ
母さんは、好きな洋服の仕事して
毎日楽しそうにしてたけど
ある日突然、こう言ったんだ
『よし! 看護師になる』
『学校に行く!』
机の上に
なにやら難しそうな書類を た〜くさん並べて
その書類を 束にして
握りしめた母さんの顔は
笑ってなかった
そしてまっすぐ外に向けた顔を下にして
うつむいたとおもったら
満面の笑顔で僕の方を向いた
『カイト』
『母さん』
『がんばる』
とても優しい声で、そう言って
僕を ぎゅ〜って 抱きしめたんだ
母さんの決意を聞いた
父ちゃんは
おどろいたね!!
ハトが豆鉄砲くらったような顔をして
『ま、ま、まぁ』
『あ〜は言ったけど〜』
『よく考えた?』
『決めるの 早すぎね〜か?』
父ちゃんは いつも偉そうにいうくせに
母さんの 決意 の前では
いつも怖気付くんだ
そうして、母さんは突然看護師になるために
看護学校に入学した
『は〜〜〜』
『ふ〜〜〜〜〜〜っ』
『は〜〜〜』
『ふ〜〜〜〜〜〜っ』
母さんが 大きな大きなあくびをしてる
だって、僕のために夜も眠れないのに
机に向かって看護学校の勉強をしてるから
父ちゃんは、安心したのか
あれから、いつものように お酒飲んで
あくびばっかりしてる
『安心しすぎだろ』『父ちゃん』
僕はそう思ってたけど、知らんぷりしてたんだ
だけどね
母さんの “がんばる” は
ほんとうに 大変なんだ
朝は まだ外が暗いうちから
「いかん、起きないと……」って 声が震えてるし
僕のけいれんが来る夜は
母さん ノートを開いたまま
ペンを持った手で コクンって寝ちゃうんだ
ページには
母さんの寝落ちのせいか
ペンの字が
びよ〜〜ん
ってなってる
でも また目をこすって
「うわぁ…どこまで読んだっけ……」
ってつぶやいて
そのまま続きを書き始める
学校がある日は
大きなバッグに 教科書をギュウギュウにつめて
僕の荷物も持って
肩をぐるぐる回しながら
「よし!いくかぁ!!」って
誰よりも元気なふりをする
でもね
僕は知ってるんだ
階段を降りるときの
あの 『フッ……”』って小さな息の音
車に乗り込むときの
『ちょっと腰いた〜…”』っていう
すご〜く小さな声
誰も気づかないように
全部 かくしてるんだよ
母さんが看護学校に通いはじめて
家の中の“時間”が 少し変わった
朝は 僕のオムツとご飯に保育所の準備
夜は 僕の発作と 教科書の山
母さんの1日は ず〜っと走りっぱなしだった
でも、母さんは言ったんだ
『大丈夫 カイトのためなら がんばれる』
そう言ってはいたけれど
かあさんの目の下のクマは
すこ〜しずつ 濃くなっていった
父ちゃんは最初
「けっこう楽しそうやんけ〜」
なんて笑ってたけど
母さんが教科書を開いた瞬間に
僕がけいれんを起こしたり
母さんが実習で遅く帰ってきたりすると
父ちゃんの眉毛が すこ〜しずつ
つり上がっていくのを 僕は見てたんだ
そんな日が何度もつづいた夜
ついに父ちゃんが言った
「お前…そんなんで大丈夫なんか?」
その言い方がね
“心配”に聞こえる時と
“怒ってる”みたいに聞こえる時があった
母さんはフライパンを握りしめて
「やるしかないの!」って
ちょっとだけ声を大きくした
僕の目の前で
二人の声がぶつかることが
だんだん増えてきた
そのたびに
僕は ぎゅっと目をつむって
“風が通り過ぎるのを待つ”みたいに耐えてた
でも、次の“風”は
もっと大きかった
ある朝
父ちゃんが僕を抱っこしようとしたとき
「うぐっ……!」って声を上げて
そのまま片膝ついて倒れこんだ
肩だ
とうとう限界がきたんだ
病院の先生は
「腱が切れてますね
これはしばらく入院です」と言った
しばらく?
しばらくどころじゃなかった
2か月だ
家に帰ったら
母さんは僕を片手で支えながら
洋服のポケットから出した
プリントを握りしめていた
夜になると
僕のベッドの横で
母さんがカクンッて
勉強しながら寝落ちしてしまう
ページの上には
母さんの涙か眠気か
小さなしずくの跡ができてた
なのに
次の朝には
母さんは“笑うふり”をして
僕にこう言った
『よし! いくよカイト! 母さん強いんだから!』
その声の強さと
目の奥の弱さのギャップに
僕は胸がキュッてなったんだ
その日僕は
はじめて考えたんだ
――父さんでも母さんでもない
どっちかひとりが“いなくなる”だけで
僕の世界は 消えてしまうのかもしれない
じわじわと
かすかにだけどそんな思いが
僕の胸の奥で光った
『あっ! あっっ!!』
ていう言葉が
僕の口から
勝手に出た
お部屋の天井を眺めながら
『あっ!』
って
小さい声が出た
でも
ここからが
うちの家族のすごいところなんだ
母さんは
2年間の準看護学校を
なんと主席で卒業したんだよ
その日ね、
母さんの背中が
いつもより少しだけ “大きく” 見えたんだ
今まで母さんは
カイトを産んだから
自分は失敗したんだとか
自分は弱い人間なんだとか
心のどこかで ずっと思ってたみたいなんだ
でもね
卒業証書をもらった母さんの手は
震えてたけど
その震えは
不安じゃなくて
“自分を認めてあげたい”っていう震えだった
母さんは僕のほうを見て
ちょっとだけ泣きそうな顔で
こう言ったんだ
『カイト……母さんね…
生きるってこと…
もう一回、やってみようって思えた』
その言葉は
優しいけど
強くて
母さんの胸の奥に
小さな “灯り” がともったように見えた
障害のある子を産んだからって
人生が終わるわけじゃない
むしろ
母さんは僕と一緒に
前より強くなってたんだ
あの日
母さんは
“母親として”じゃなく
“ひとりの人間として”
すこしだけ
自分を好きになれたんだと思う
その背中がね
ほんとうにキレイだった
そして言った
『カイト、母さんは もっと強くなる。
看護師になる。
そのために……学校、もう2年行く』
だけど
そこで初めて知ったんだ
――高校を中退してると
看護学校に行けないってことを
母さんは
いちど目をつむって
ゆっくり息を吸って
ゆっくり吐いて
『よし。高卒認定、受ける。
母さん、やる。』
そう言って
世界でいちばん強い顔で笑った
僕は思ったよ
「じんせいって
たいへんすぎるけど
母さんって 強いな」って
そして――
母さんはほんとうに
高卒認定に合格して
“看護師になる道”へ
また一歩ふみだしたんだ
『看護師になれよ……』
って言う父ちゃんの一言は
適当な思いつきだったかもしれないけど
母さんにとっては
『カイトの病気に対して覚悟を決めろ!』
って聞こえたんだ
父ちゃんの
適当な言葉で
僕たち家族は
薄暗いレールの上を
一歩一歩走り出したんだ
【汽笛が鳴らない蒸気機関車のように】
でもね…
あの日の母さんの笑顔の奥に、
ぼくには小さな “ひび” が見えてたんだ。
ほんとうに
ちいさな
ちいさな
ひび。
だけど、ああいうのってね、
大人は まったく気づかないんだよなぁ……
ぼくのお家のなかでは
ずっと前から “音の小さい機関車” が走ってるんだ。
ガタンとも
シュッシュッとも言わない。
息をひそめて、
でも止まらないで、
ゆっくり、ゆっくり
レールの上を進んでいく……
それが、父ちゃんと母さんとぼくの
家族の音なんだ。
その静かな機関車はね、
母さんのその “ひび” の向こうにある
まだ誰も知らないカーブに 向かって、
そっと、そっと
走り出していった。
そしてぼくも
胸の奥で
なにかが かすかに
きしむような音を聞いた気がした。
――あぁ、
この先でなにかが変わるんだ。
そんな予感だけが
僕の小さな胸の中で
そっと揺れていたんだ
つづく
この記事を書いた人

小菊
昭和44年生まれ54歳。妻は昭和63年生まれの35歳。重心児の息子は平成27年生まれの8歳(小3)。息子は妻の連れ子で、息子が生後半年の頃に再婚し親子になる。息子の傷病名は、ウエスト症候群、重度発達障害、自閉症。3年前より、息子は入居施設で暮らす。コラムでは、「息子はきっと、こんなことを考えているんじゃないか」と感じてきた内容を、息子の視点からのストーリーとして掲載。
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